苫米地英人認定コーチ 谷口元浩

苫米地式コーチングを実生活に落とし込んで得た気付き・発見・変化の体感をシェアします。

量子論で遊ぶ

 f:id:t-coaching:20150422222319p:plain

 

 

なんだこの中国っぽいイラストは?って思いますよね。

 

意外にもこれはデンマークの物理学者ニールス・ボーアさん(1885-1962)の紋章です。


デンマーク人の紋章になんで太極図が鎮座しているのかというと、彼は量子論の生みの親です。

 

量子論ってのは何かというと、ミクロの世界を舞台とする僕らが身近に恩恵を受けている理論。

 

どう身近かというと、あなたが今使っているスマホやパソコンなどは量子論の結晶です。

半導体チップなどのようなミクロの世界の物理法則を記述しているのが量子論

 


量子論が生まれる前までの物理学を古典物理学と言い、

量子論量子力学)を含む物理学を現代物理学と言います。

 

まあ量子論の内容を詳しく書きたいわけじゃないので、ここらへんはほどほどにして先に進みます。

 

 

量子論と太極図の関係

 

古典物理学のスタンス

さて、古典物理学というのは、最初の条件がすべて分かればその後のすべては確定するという「決定論」と言われる考え方でした。

 

なので、一つの粒子は観測者が見ていない時も特定の『位置』で特定の『運動』をしていると考えます。

観測に関係なく事実は事実として存在するという考えです。

 

一般的な考え方ですよね。

 

 

量子論のスタンス


これに対して量子論は、

一つの粒子は一箇所に存在する粒としての性格と

一つの粒子がさまざな場所に広がって存在する波の性格の両方を持っているとしています。

 

我々が観測をすると粒子は粒としての性格が現すが、観測していない時は波として存在する。この2つの性格は同時に現れることはないといいます。

 

そしてある粒子の『位置』と『運動量』を測定するとき、その2つを同時に一つの値に確定することはできず、避けられない不確かさが残ることが証明されました。

 

つまり「客観的な事実は存在しない」という証明です。

 

そして、自然は本質的にあいまいなものであり、相互関係によって成り立っているというのが量子論です。


この物質観、自然観の特徴を表すシンボルとしてボーアは太極図を好んで用いたようです。

 

 

一元論

自然と観測者、物と心、というように2つを分けて考えるのが二元論です。

 

で、これらはワンセットで切り離せないのものだと考えるのが一元論です。

 

西洋は量子論の誕生により東洋思想と同じ考えを持つことになりました。

 

波であり粒であるという粒子の状態というのは、まさに空(くう)のようです。

※空:有であり無である2つを包摂する上位概念

 

 

この量子論一元論を人生にあてはめてみれば、世の中を観測する自分のスタンスが相補性しあっているということになると考えられます。

 

なら、もし、いまの観測状態がビミョーなら、

いちど波に戻して別の確率状態を観測してみたらどうだろう。

 

 

 

 

観測が状態に影響を及ぼす

ミクロの世界では観測しようとする行為が観測物の状態に影響を与えてしまう。

これを観測者効果という。

 

これは示唆に富んでいて、人間が社会生活の中でいくら客観的に物事を観察しようとしても、観測者の価値観や心理状況による観測者効果を取り除くことはできないことを連想させてくれる。